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ごっちゃんのひとりごと

ローカル好き国際系大学生の思ったこと体験したこと

スニーカーの思い出

今週のお題「お気に入りのスニーカー」

 

スニーカーと聞いて真っ先に思いたったのは、中学時代だった。

 

私の中学は、妙なところで校則が厳しかった。

女子の制服はセーラー服で、冬場はカーディガンを上に着て寒さを凌ぐのだが、11月ごろにならないとカーディガンを着てはいけない。「それでは寒い」と抗議しても、「セーラー服の中に着込めばいい」と言われる。努力して着込んで寒いと言っているのだから、ちょっとくらい聞いてくれてもいいと思ったものである。

 

靴も例外ではなく、生徒手帳曰く「白を基調としたスニーカー。ワンポイント可」と記してあった。

当時入学前に私が持っていたスニーカーというと、黒だったり、黄色だったり、とにかく該当していないものばかりだった。そのためわざわざ近所のイオンまで購入しに行った記憶もある。

 

中学校3年間で何足の「白い基調としたスニーカー」をはいたのかは定かではないが、その中で1つとても気に入っていたものがある。

 

当時スニーカーを選ぶ時は、真っ白なスニーカーというのは抵抗があったので、基本的に白がベースの、デザインが可愛いものを探していた。その日もいい出会いがないものかと、店内をうろうろしていた。

 

いくつかの店を回った後、ある店で1つのスニーカーに目が釘付けになった。

 

白地に、赤チェックが入ったスニーカー。赤チェックは莫人気アイドルグループを連想させる色合いでなく、かといってクリスマス要素も入っておらず、ほどよくさわやかな赤チェックであった。

 

サイズを確認し履いてその感触を確かめてから、そのスニーカーを購入した。

 

次の月曜日から、私はそのスニーカーを履いて登校した。

校則の範囲内で、自分のお気に入りの靴を履いて毎日学校に行けることをとても嬉しく感じた。だから、普段は嬉しくないその月曜日だけど嬉しかった。

 

 

結局、そのスニーカーは中学3年生から高校2年生まで履き続けることになった。

高校の制服はブレザーで主にローファーを履いていたため、スニーカーを履く機会は体育の時などで、限られたものだった。でも、普段着で消耗品であるはずのスニーカーが、約4年間も私の持ち物であったことは、それほどまでに私が愛着を持っていたということ。

 

 

中々手放さなかったのは、やっぱりそのデザインが気に入っていたから。

ボロボロになっても、まだ履けると思って意地で履いていた。

 

だからこそ、処分することになったときはとても悲しい気持ちになった。

 

 

今その靴は、もう靴箱にない。

大学生になってしまったけど、切ない気持ちになるのは今も変わらない。

 

 

4年間も頑張ってくれて、支えてくれて、ありがとう。