ごっちゃんのひとりごと

ローカル好き国際系大学生の思ったこと体験したこと

長期インターンシップに参加して学んだこと

お久しぶりです。ご無沙汰しすぎました。ごめんなさい。

今回は今まで書いてこなかった長期インターンシップで学んだことをまとめていきます。何を学んだか、関係する経験、その後どうなったかを中心に記していきます。

 

一定期間フルタイムで働くことができる

いくらアルバイトをしていても、学生である分フルタイムできっかり毎日働くということはない(巷には授業に出ずバイトに勤しんでいる学生もいるので一概には言えないが)。

そうはいっても中々そういった経験をすることはないので(当時私はアルバイトすらしたことがなかった)、フルタイムでやってみないと分からないことがたくさん出てきた。私の場合、フルタイムで働くことによって働き方の向き不向きを図れた。

特に顕著に分かったのが、休みの取り方である。

 

サービス業による変則的な休みを経験し、私は連勤術師にはなれないことが分かった。最低にも週に1日でも休みを取らないと体も心も持たない。体質的に向いていないのだから、もうどうしようもない。なので最低1日、欲を言うと完全週休二日制で働きたいと思った。

休みが2日必要なのはリフレッシュしたり、趣味を楽しんだり、家事を行ったりと、プライベートを充実させるのに最低毎週2日いると感じたからだ。1日だとせいぜいリフレッシュして買い物して洗濯したら終わってしまう。

 

世間では長期間連勤が当たり前で、完全週休二日制なんて幻想なんて言う人もいる。しかし私はいかなる手段をとってもこれを死守したい。みんなが頑張ってるから出勤しようとか、どんなことがあっても思わないようにする。

フルタイムで働けたという経験に関しては、休学していることが大きく影響している。もし学期中に通いながらのインターンだったら、このように思うことはなかっただろう。

 

社会マナー、常識に触れ学ぶことができる。

学生をしていると「学生だから」という理由で多めに見てもらえることが多い。なので、少し失礼なことをしても指摘されずそのままということもあり得る。

もちろんインターンシップでも肩書は「インターンシップ生」、「大学生」は残っていたが、接客する際など逐一自分の肩書を名乗るわけでもないので、あくまで社会人として扱ってもらえた。そのため自分の社会マナーに対する無知さに気づくことが出来た。

 

マナーは上司や先輩の真似をしたり、親に聞いてどうにかやりつくろった。特に分からなかったのは名刺の渡し方・受け取り方で、どうすればいいのか全く分からなかった。見よう見まねでやってみても出来なったため、上司または共にプロジェクトを進めているNPOのスタッフさんに相談し練習してもらった。それでもどうにかできるようになった程度であったけど(上司たちのせいでなく、私の練習不足)。

インターンシップを終え、約1年たった今現在当時と同じように受け渡たしができるかどうかは不安である。情けないがまたどこかで親に練習の協力をしてもらうようお願いしなくてはならない。

ちなみに今現在でも役に立っているのは、飲みの席での座る位置やメールのやりとりの仕方だ。飲みの席での常識はあまり上手に出来ないけど、メール文章の作成は当初より早くなったように思う。(どうしても分からないときはグーグル検索する)

 

世の中の仕事の多さを知れる

ここでの「仕事の多さ」とは量ではなくて種類を指す。これまでは大企業をはじめとした名の知れた企業のことしか知らなかったが、それ以上に多くの企業があることを知った。

インターンシップ応募にあたり、私は長期インターンシップを実施している企業・プログラムをくまなく調べた。おそらく全国すべてのプログラムを検討していたと思う。

インターンシップを始めてからは様々な企業の方とお会いし、個人事業主の方と話す機会もたくさんあった。直接接触する機会を持つことで、世間に存在する企業数は自分が想像しているよりもっとずっと多いことが分かった。

現在大学3回生となり、就職活動に向けて企業を調べる機会がある。

世の中大企業だけでないことを知った上で活動しているため、誰もが知っているような大企業ばかりに目が向くという状況がおきない。もっともっと企業があって、どこに自分とあう企業があるのかが中々見つからないのが不安で楽しい。

もしインターンシップをしていたらどのような判断をしているのかはわからないが、社会について全く無知であった頃よりも広い視野が身に着いたのだろうと感じている。視野が広がり、世の中の事をほんの少しだけ知れたような気がした。

 

たくさんの人と関われる

生まれて初めて多くの大人に囲まれ、自分が最年少という経験をした。そこでは良い意味でも悪い意味でも色んな人がいることを知った。

中でも一番よかったのは様々な生き方や働き方を知れたことである。

前述のとおり私は全く世の中のことを知らず、同じような境遇の人としか過ごす経験がなかった。しかしインターンシップで体験した世界は津波被害の大きかった港町や、6次産業・福祉事業も行う農業法人であり、どちらもこれまでの人生とはほとんどかけ離れたものであった。

そこで会う大人たちのアグレッシブさ、働き方は私の固定観念を大きく変えるものばかりであった。私の勝手な「社会人」イメージは、スーツ着て会社来て、とりあえず仕事してとりあえず帰るなんてものであった。しかし実際に働いてみると毎日ジーンズで出社して日々様々な業務に対応することとなった。周りも全員そうだった。

結局は1年間でスーツを着用することは一度もなく、一番丁寧な恰好をしたとしてもビジネスカジュアルであった。

またごはんにもたくさん連れていってもらい、たくさんごちそうしていただいた。学生だけだと入れない店にも連れて行ってもらえて(高級店という意味ではない)、何もかもが初めての体験となった。地域の店もたくさん紹介してもらった。

奢ってもらってばかりなのを遠慮すると、「先輩、上司になったときに下の世代に奢ってあげなさい」と言われ、私もそのリレーに入れるように頑張ろうと思えた。

そして地域とのかかわりを強く意識したインターンシップであったため、地域のコミュニティに関わることもでき、コミュニティの利点・課題も身を持って体感した。地元の方言を少しでも理解できるようになったことがとても嬉しかった。

 

自分の境遇に気づかされる機会もあった。大なり小なり差はあれど、所詮4年制大学に通っている者は似たような境遇にある。そのため大学では経済的格差を異常に感じることはない。大学だけでなく、それまで身近で暮らしてきた人も私の家庭と経済事情はあまり変わらなかった。しかし経営者や福祉事業に関わることで、社会においての経済的な格差を感じた。今の環境・境遇が当たり前でないと知った。

 

 

関連した授業の履修ができる

単に座学のみで勉強するのでなく、インプットとアウトプットが同時期になされるため科目への理解が深まった。これは学期中のインターンにおいて最大の強みともされている。

私は休学中にインターンシップをしていたため、学期中インターンのように「授業&業務」のタイミングが重なることはなかった。しかし、新たな学問への興味も生まれ、復学後それら授業の履修を行っている。

元々は社会学関係の授業を履修することが多かったが、今では世の中のお金や会社のしくみについて興味が出たため、少しだけ会計を勉強してみたり、経営の論文を読んだりしている。

また、授業になると「だからそうするのか!」と納得できることや、今になって理解できることが多い。既知の話や自分の体験が重なることもあるため、積極的に授業に参加できる。楽しむ学ぶとはこういうことなのかと、大学生になって初めて分かった。

 

人と一緒に取り組むこと

私は元々すべて1人でなんでもやってしまう人だった。部活をしても、リーダーやっても、イベントやっても、結局1人で全部解決していた。

しかしインターンシップに参加し、1人ですべて完結させなくていいことを学んだ。

仕事は全員で補い合って1つにするものであり、1個人だけで完成させるものではない。「もっと頼るように」と何人もの人に言われた。そして手伝ってもらえた。

まだまだ自分から人に頼ることは苦手だけど、もっともっと人に頼って、自分もちゃんと頑張ってやっていきたいと思う。

 

まとめ

以上書き出してみると、今の生活に生きていることが多くありインターンシップの影響が大きく反映されていることが分かった。復学後に「長期インターンしたよかったかどうか」を問うたときに、「確かに非常にいい経験をしたけど、まだ復学して1年だし、大学卒業までは何とも言いにくい」と思っていたけれど、今なら胸を張って言える。長期インターンシップに参加して良かった。

しかし私はこの経験に媚びずに、それを今どう生かすべきところに生かし、さらに学びを深めたい。そして新しい経験に挑戦し、失敗も重ねながら一歩一歩前に進みたい。

ありがとうございました。

セメスター目標のおかげで変わったこと

 こんにちは。ごっちゃんです。

inakasuki.hatenablog.com

 以前こんなものを書いたのですが、このおかげで随分と自分自身変わってきまして、それが嬉しいので書き記します。

 

面倒くさがらないようになった

今までは朝起きたら「起き上がるのめんどくさい」「朝ごはん作るの食べるのめんどくさい」「掃除めんどくさい」等といちいちやることを面倒に感じていたのですが、今はそうではなくなりました。

それは「完璧にこなさなくては」という考えが薄らいだからです。これまでは全部きちんとしようと思っていたからめんどくさかったのだと思います。

今は「まあちょっとやってみるか」ぐらいで取り組み始めるので、とても気が楽です。

しかもやりだしたら夢中になってしまうので、意外と上出来だったりします笑。

今後もこれくらいのテンションでやっていきます。

第1回 星野佳路(2006年1月10日放送)| これまでの放送 | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀

生涯完璧になれることはないのだから

 

掃除をするようになった

上のと似ているのですが、整理整頓・掃除を頻繁にするようになりました。

今までは掃除はほぼせず、洗濯も干しっぱなしという、お手本ようなすさんだ部屋で暮らしていました笑。ですが、今はほぼ毎日掃除機をかけ、毎週末排水溝などの掃除をしています。先週末はシンクを磨きました。ピッカピカになりましたよ!!!

また法則も見つけました。それは気持ちがもやもやしたり、すさんでいるときは大体部屋も汚いということです笑。なのでもやもやしてたら、皿洗いしてます。発見できて嬉しいです。

 

出来ない自分を責めなくなった

思う様に達成されないと「なんでこんなことも出来ないんだろう」と思っていたのですが、「そんな日もあるよな」くらいで考えられるようになりました。毎日授業受けて、ミーティングして、ご飯食べて、課題もやって、そりゃ疲れるわ。今日もう頑張ったからもういいよ、そんなもんです。

今日出来なくても、明日出来るかもしれないし、もっと先かもしれない。出来ないかもしれないけど、それは他の誰かがきっとやってくれる。それが分かるのを待っているのがとても楽しい。

 

最後に

今感じてるのはこれくらいですね!

もちろん全然上手くいかない日もあって気分が沈むこともあります。が、色々試行錯誤できるようになり、さらにそれを助けてくれる人達もいて、嬉しい限りです。

久々に会った方に「相変わらず素敵ですね」と言われて、若干調子にも乗っています……笑。いや、調子に乗るのも大事。乗れるときに乗っときましょう。

明日どうなるかなんて分からないけど、今を楽しみます!

ありがとうございました。ではまた。

どのように処理したらいいのか分からないこと

知人との会話で「私は子供の頃頻繁におもらしをしてた時期があったけど、おもらしって何でおもらししてるか分かんないのにおもらしするし、自分でもどうしたらいいのか分からないのに怒られるし、どうしたらいいのか分からなかった。どうやって治ったのかも分からない。今考えてみてもなぜ怒られたのか分からない。」という話題が出ました。

 

正しくそうだと思いました。

おもらしって寝てる間に自分の意思とは関係なく尿が出てしまう現象なので、それでどうにかしろと言われても、どんなに怒られてもどうにもならない。小さい子供には尚更分からない。知人は寝る前にトイレに行っても治らなかったそうで、毎晩にように母親に怒られ、精神的に追い詰められたと言っていました。

正しくはどう対処すべきだったんでしょうか。病人にでも行ったら薬でももらえるのでしょうか。

 

この話をきっかけに振り返ってみるとよく分からない事を追及され、それは本当に正しい対応なのか?と疑問に思うことがありました。

今日はそれらを少し書き留めます。

 

給食を残すと怒られる

私は義務教育9年間、昼食として給食を食べていました。

特に小学生のころは「残さず食べろ」という風潮が強かったのを覚えているのですが、その中でも印象的なことがありました。

普段から食べるのが遅い同級生がいました。ある時その子は、給食の時間が終わってもずっと給食を食べ続けていました。掃除の時間が終わっても、昼休みに入っても…1人でずっと黙々と食べ続ける。ご飯が、お味噌汁が、冷たくなっても食べ続けている。広い教室で、友達が掃除をしている中、ドッジボールで遊んでいる中自分だけは給食を食べなくてはならない。先生は「残さず食べなさい」の一点張りで、全て食べきることが何よりも大切といった態度でした。

本人はどう感じていたのか当時尋ねることもなく、今となっては知りえませんが、はたから見ていた者にとっては気の毒で仕方ありませんでした。かといって何もできませんでしたが。

確かに小学生の期間は体を作っていく大切な期間で、栄養を十分に取ることは大切です。しかし無理に食べたからといってそれは達成されるのでしょうか。今思うと、たまたま量が多くて食べきれなかったのかもしれないし、たまたま体調が悪くて食べられなかったのかもしれないし、苦手な食材・料理だったから食べるのに時間がかかったのかもしれない。たまたまその日に食べる量が少なかったからといって、その後の成長の妨げになるのでしょうか。「なぜ食べられないのか」という原因を先生は尋ねるべきだったのではという思いが頭をぐるぐる回って止まりません。そして食べ続ける行為は食育として正しいのかが分かりません。フリー写真, 食べ物(食品), 野菜, 果物(フルーツ), トマト, 人参(ニンジン), 苺(イチゴ), リンゴ, 葡萄(ブドウ),

また仮に嫌いな物がだったとして、なぜ必ず食べなくてはいけないのかが分かりません。

そりゃあ好き嫌いしすぎると将来的に困ることもあるでしょう。でも、だからといって別に苦手な物があっても大人になれるのではないのですか?今すぐ改善すべき問題でもないと思います。私も3年位前にようやく生トマトを食べられるようになりましたし、無理に焦らなくても徐々に好きになって、食べられるようになればいいのに。

経験だけに基づいていますので、隔たりはありますが、ここで思い切って隔たりのあることを言います。私は給食によって好き嫌いが改善された試しがありません。むしろ嫌いになった食材もあるくらいです。

その食材はきのこなのですが、同級生のほとんどが給食によって「きのこが食べられなくなった」と言っていました。原因は見た目とにおいでした。普通の3~5倍くらいに膨張したきのこの姿は不気味なオーラを漂わせ、強烈な臭いは「香り松茸味しめじ」の決まり文句を抹殺する勢いがありました。何度も吐きそうになったあの匂いを生涯忘れることはないと思います。大きな声では言えないから小声にしました。

何年もかけて最近ようやくきのこが食べられるようになりましたが、わざわざ嫌いにさせるような調理ってどんなものかとものすごく気になります。あんな変なきのこ今まで見たことない。魔女の呪いでもかかっていたのでしょうか。

要は「好き嫌いするな、無くせ」という方針のわりに、逆に嫌いになるような料理を提供してくるのが全く謎すぎて理解できないのです。そんなものを食べさせるなんて、一体全体どうなっているのでしょう。あれ絶対クレーム入ってると思うんですがね…。

私の場合元々食べることが好きで、徐々に食べられる物が増えていくのが楽めたので、成長と共に嫌いな物は大方食べられるようになりました。でもそれも長いスパン(小学生より成人以降も含む)をかけて好きな物が増えていったので、別に小学生の間に全て解決しなくてもいいだろと思います。無理やり食べさせられることによって食べることが嫌いになったり、嫌いな食材が増えたり、強制されることのトラウマ等を生まれているのだとしたら、そのほうが良くない気がします。

最後に「この世には十分にご飯を食べられない人だっているんだから、あなたは食べなさい」という言葉について言及します。

確かにそれは事実かもしれないけど、それって今食べなきゃいけない理由になりますか?別の問題を無理やり繋げている感覚がして何とも言えません。食べたくても食べられないときだってあるんです。もちろん、そういった事実を無視してはいけないことは知っていますし、思っていますが。

またこれはモラルの問題でもあると思います。事実を知った人がどう思うか、どう行動するかという個人の判断に委ねられている。もしそう思わせたいのだったら、「世界がもし100人の村だったら」等世界平和に関するドキュメンタリー番組を見せたり、それにまつわる特別授業を行う方がよっぽど心に響くのではと思います。その後「だから給食を残さず食べましょう」と繋げられるかは分かりませんが、何かしら感情を引き起こすことはなるだろうし、気づきとなって新しい行動が生まれる可能性はあります。それも子供自身の判断がつくので、他人がただ呼びかけるよりもよっぽど効果があるではないでしょうか。まあ学校の先生も大変なので、そのあたりは給食センターや管理栄養士さんにお任せすべきことだったのかなあ…。

とにかく、その同級生が今どうしているかは分かりませんが、食べることに対して消極的に育っていないこと、また変なトラウマとなっていないことを祈ります。

個人的には嫌いな食材を好きにさせてくれた両親に感謝します。

 ▼世間一般ではどうなんでしょう

spotlight-media.jp

分からない事を怒られる

一時期母親に勉強を教えてもらっていたことがあったのですが、どうしても分からない問題があったとき「どうして分からないの!」と怒られていました。いや、どうしてって言われても「分からないものは分からない」としか説明しようがありません……。

これは教える側の忍耐力にも関係しているのでしょうけど、怒ることで解消されているのは教える側のフラストレーションで、私の疑問ではないんですよ。

そりゃ理解できない私が馬鹿だし、理解しようとする努力が足りなかったのでしょうし、そもそも母に質問したのが間違ってたのかもしれない等、結局私が悪いんですけど怒られることで次の質問がしにくくなっちゃうんですよね。まるで質問したらいけないという風に。分からない=悪いという図式もできちゃう。

分からないことが悪いにつながってはいけないんです。分からない事は新しい世界へのステップみたいなもんで、理解できたときの「やった!できた!」という成功体験を得る可能性を作り出すきっかけになると思うのです。ひいては自己肯定感を生み出すのです。

▼この本にそんなこと書いてありました

Amazon.co.jp: 公文式がわかる 改訂版 eBook: 公文公教育研究所: Kindleストア

こんな大事な機会を潰してしまうのは非常に悲しく思います。 

途中から母には「もうお母さん分からないから、先生達に聞いて」と半ば投げやりに言われる様になりました。

私は将来子育てをするかどうか分からないけど、誰かを教育する立場になったときには相手の「なぜ分からないのか」を追求し、自分でも分からない事があったらそれを伝え、一緒に解決に取り組んだり、自分の力でどうしようもできなかったら他の人に助けてもらったりしたいです。

「分からない」は次へのステップ。それを上手く活用すべきだと思います。

 

名前を漢字で書いたら注意される

小学生の間はひらがな→カタカナ→漢字の順で文字を覚えていくものですが、自分の名前を習っていない漢字を使って書くと「ひらがなで書こうね」と注意されることがありました。せっかく自分の名前が漢字でどうやって書くのか知って嬉しくて、書けるようになったのに注意されたの悲しかったなあ…。

多分他のクラスメイトが私の名前が読めない、という事態を回避するためにそう言うんでしょうけど。

だったらひらがなをふるよう促すとか、なんか方法ないのかと思ってしまうんですよ。自分の名前くらい漢字で書いてみたい。その漢字に意味だって込められてる。漢字使えたら大人になった気がして、本当に嬉しかったのに。

これ先生の立場にたったら何とも言えない気もするんだけど、あのときの悲しさを思い出すとやっぱりショックです。

 ▼かなり前ですが、議論にも発展したらしい

www.news-postseven.com

身に覚えのないことで怒られる

高校時代吹奏楽部に所属しており、毎日演奏能力の向上のため練習に明け暮れ、ある役割(部を運営する上での係)を務めるなど、とにかく色々やっていました。ちなみにわりと上を目指しており、実際結果も支部大会程度ではありますが残している学校でした。

どちらの面でも先生より「なんでこれをやっていないのか」「こうしろと言っただろ」等と怒られることがあったのですが、前と言ってたこと違うし、むしろそれ私の担当じゃないしということが起きすぎでした。

そして怒られる状況が状況でした。

パターンとしては、個別での先生の部屋への呼び出しと、合奏練習(全員が集まり曲を全体で合わせる練習)中・またはその合間と大きく分けて2つあるのですが、私の場合圧倒的に後者が多かったです。

前者は前者で怖いのですが、後者の場合全員の目の前で怒鳴られるってただただ申し訳ない。本当に私がやらかしてしまったことはいけないんですが、それもそれで見せしめみたいですごい嫌でした。全員の時間を奪ってることになるし、非効率的すぎませんかね。悪いことは分かったから、私だけ怒るんだったら今わざわざやらなくてもいいでしょ…と思っていました。

でも1番迷惑なのは身に覚えが無かったり、自分の守備範囲以外で怒鳴られることでした。怒鳴り始めたらもう止められないし、とりあえず外堀が収まるまで聞いといた方がいいだろうと思っていたので、特に訂正することなくそのまま聞いていました。私じゃないですと言って他のメンバーが怒られても、それはそれで申し訳ない。なすりつけみたいだし。シーンとしてる中先生にひたすら怒鳴り続けられる時間は苦痛でしたが、それが間違っていることをメンバーも把握していたのでそこは救いでした。

まあ先生も還暦近かったし忘れっぽかったし。。。毎日あんな長時間やってたらイライラするのも仕方ない。怒られるようなことをする私が悪いのですが、でも何でも間でも私がやらかしてるわけじゃないんだよということは知ってほしかったです。悪目立ちしやすいので仕方ないのでしょうか。

この経験を大人に話すと「まあ、社会でたら理不尽なことばっかりだしね」と言われるのですが、これは理不尽に慣れるための訓練なのですか?忍耐力をつけるってこの方法で合ってるの?ていうか理不尽が当たり前の世の中っておかしくない?訳が分かりません。

部活を通して学んだことはたくさんあります。しかし私は世渡りのためでも、理不尽を知るためでも、部活をしたわけではありません。一体この経験は何に生きるのでしょうか。一応怒られることには慣れたので、そういった耐性は着きましたが…それってなぜ必要なの?今後どのように活かすべきなのかも、当時どのように対処すべきだったのかもよく分かりません。

部活は楽しかったし多くの学びと経験がありました。だから部活の全てを否定する気にはなれません。まともに怒られたのも含めてとにかく怒られた3年間で、そもそも怒ってくれる人がいること自体貴重なので、その点ではありがたく思っていますが。

▼ブラック部活かと言えば、なんとも言えない

president.jp

▼すごすぎる…

youtu.be

まとめ

年としては21歳で若い分類に属していますが、どうしたらいいのか分からなかったことって少なからずありましたし、今もどこかにあるのかもしれません。あまり過去に捉われて生きたくないですが、こうして思い返すことで自分自身の行動を見つめ直す機会にもなりました。今回書かなかったけど、自分のひどい行動も見つかったのでそれは反省して、今度気を付けていこうねと心の中で決めました。

まだまだあまちゃんの私ですが、今、これから関わっていく人達にはそのようなことが起こらないように努めていきたいです。ありがとうございました。

 

最近のお気に入り

www4.nhk.or.jp

褒めること

先週のある日のこと。

ミーティングをする機会があったのですが、「ごっちゃんは議事録を書きながら意見も言えるんだね」と言われました。

「これは慣れだよ」と答えたら「褒めたつもりだったんだけど」とさらに言われ、非常に恥ずかしくなりました。

 

 

…何が言いたいかというと

・人の良い面を見つけること

・それを伝えること

・伝えられたらありがとうと感謝すること

今日のこの体験により、この上記3つを再認識したことです。

 

人の良い面を見つけるって、出来てるようで出来てないと思う。

他の人がどのようなものか存じ上げませんが、私にとっては意識してようやく出来ることです。普段人は何を意識して生きているのでしょうか。

次の予定?今取り組んでいること?今日の晩御飯?身だしなみ?

色々考えてみたら、私は私のことしか考えていませんでした…

自分を見つめることはとても大事なことです。でもそれで視界が狭まっていはいけない。

周囲を見渡したら、もっと素敵な情景が広がっていて、素晴らしい話を教えてくれる人がいるかもしれない。

だからもっと自分の周りにあるものを見つめよう。

 

オードリー・ヘップバーンの名言を思い出しました。

『魅力的な唇になるためには、優しい言葉を話しなさい。愛らしい瞳になるためには、人の良いところを探しなさい』

※といってもオードリー自身が作った言葉ではなくサム・レヴェンソンの詞の一説をオードリーが息子たちに読み上げた、というエピソードが正しいです。

 

人の良いところを探すことが、自分自身も磨くことへとつながるかもしれない。

もっと周りを見ないとなと思います。

 

人の良い面を伝えるって出来てなくない?

意識しないととは言いましたが、良い面って案外簡単に見つかるものだと思います。よっぽど嫌いや苦手でない限り、、、そういう人に対してはそれ相応の努力はしますが。

それはさておき、良いなって思ってもあんまり伝えないんですよ。自己完結しがちな分野です。

見つけることそれ自体でも素晴らしいものはありますが、伝えられたらまた何かあるかもしれない。

今回伝えてもらったことで、私は恥ずかしながらもとても嬉しい気持ちになりました。実際に得意かどうかの事実ではなく、自分の主観でそう感じ伝えてもらえたことが喜びになったんです。

今回の件だけでは疑わしいので、自分の反応パターンを見極めようと褒められた記憶を遡ってみました。

りぼん結びができるようになった時、テストで100点とれた時、出来るなかったことが出来るようになった時、部活でよくやったと言われた時、インターンで契約がとれた時……………

 

いずれにしても悪い気はしない、むしろ嬉しい出来事ばかりです。

ひょっとしたら嬉しく思わない人もいるかもしれない、と思ったけどこれはやった方が相手も嬉しいしそれを受けて自分も幸せな気持ちになれそうな気がします。

ただ、これはタイミングが肝心です。

また注意点もあります。

特に気を付けなければいけないのは当事者にとってどうでもいいことをやたらめったと褒めることです。

それは相手にとって需要のある褒めではないかもしれないからです。

 

言っていることがよくわからないかもしれないので頑張って分かりやすく言い変えます。

例えば私は身長が高いですが、身長のことをやたらめったと褒められてもあまり嬉しく思いません。「ごっちゃん高いねー」「高いのいいなー」、だってそれって自分でどうにかして手に入れたものじゃないもん。

 

人は自然に手に入れたものではなく、一生懸命努力して手に入れたものを褒められたときのほうが嬉しいはずなんです。先ほど褒められて嬉しかった思い出を羅列しましたが、全部自分の力で達成したものでした。もちろん身長や持って生まれたものをいいなと言われて悪い気はしないけど。

だからなるべくそういう部分に対して、自分の思いを伝えたい。

この考えを他人に押し付けるつもりはありませんが、心の片隅にでも置いて忘れないようにします。

 

そんなこと言ったって、絶対それ難しいからできる範囲で。まず伝えるってことをやっていきましょう。

 

人に感謝できてたっけ?

褒める側について書いてきましたが、褒められた側にたったときその対価は返せているのでしょうか。

これも考えてみたら、できていませんでした。

だって褒められたりとか、いいねとか言われたら恥ずかしい……少女漫画のヒロインよりも確実に恥ずかしい。

でもせっかく伝えてもらってるんだから、そこはきちんと感謝の言葉を述べましょう。

相手だって暇じゃないんだからすぐに言いましょう。ありがとうって言うだけでなんか嬉しいから。

 

まとめ

当たり前のことだけど、それが意外とできていなかったり、自分の行動を見直すきっかけとなりました。ありがとうございました。

日常って小さなことが組み合わさって出来ているように思います。だからこそちょっとしたこと1つ1つを大切に、丁寧に暮らしていきたいです。

ではまた。

【4/24~4/30】1週間ふりかえり「この世界は面白すぎる」

前回の記事を書いてから約1週間経ちました。

目標が達成されているのか、されていないのか一度振り返ってみます。

その他感想も書き留めます。

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学内カフェで初めてエスプレッソを注文し、手渡されたのがこれだった。

エスプレッソの量ってこんなもんなんですか……?

 

 

▼一応前回の記事貼っときます。

inakasuki.hatenablog.com

 

セメスター目標の達成具合

先週私はいつくかのことを習慣にしていくと言いました。それらが実際やってみてどんなもんだったのか、主観での達成率と併せて記します。感覚的に決めているのできちんとした指標があるわけではありません。ご容赦を。

 

●早寝の習慣…達成率30%

これが一番出来なかったはず。原因は思い当たるもので4つ。

➀その日中に仕上げなければいけないものが未処理または不完全

②考え事をしていて眠れない

③気づいたら午前0時

④そもそもお風呂に入るのがめちゃ遅い

➀に関しては、日中の生活に改善の余地があるのだと思います。「その日中に仕上げなければいけないもの」って、大体は課題なんですけど、そもそも手を付けていなかったり忘れていたり(だめじゃん)、または終わっていなかったりするため時間が押してしまいます。さらに押してしまうことの原因もあるのですが、勉強に関して少し悩んでいることがあるのでそちらは後術します。

②は、意識の問題でしょうかね…。その日の感情の整理が終わってないんです。楽しかったこと、嬉しかったこと、良くなかったこと、不安なこと、今の生活のこと…考えだしたらきりがないんです。無限のループであり、果てしないスパイラルです。深呼吸を意識したらリラックスして寝られるようになったので、考えすぎないことが大事かなと思います。ノーシンキング。

実は③の「気づいたら午前1時」もほぼ同じ理由です。毎日大体8時くらいに帰宅しますが、そこからぼーっとご飯食べて、ぼーっとしていたらいつの間にかもうこんな時間…となってしまう。ものすごいたくさん何かをしたってわけではないんですけど、疲労感を感じやすいのでしょうか…。(これも後術します)

④に関しては、文字通りです。集中して何かやっていたら「もうこんな時間!?」ということも少なくない。あるいは「お風呂入るのめんどくさいな~」と考えていたら夜はしんしんと更けていました。週の途中で「めんどくさい」をやめたら生活がかなり変わりました。なのでやめます。

一応、1週間のうちに色々やってみたりもしているので、解決策などもあがりつつあります。睡眠で翌日のパフォーマンスが変わるので(それでも前セメスターに比べて随分楽な生活してるからあまり被害はないけど)、今後も大切にしたいです。

 

●食の習慣…達成率67%

何とも微妙な数字になりましたが、こんなもんです。

基本的に私は作り置き派なので毎日料理はしません。また今週は外食も多かったので、これくらいの数字にしました。

それでも前セメスターより料理しているので、満足しています。

そしてもう1つの習慣「よく噛んで食べること」を意識したおかげで、食べることの幸せをより実感しています。どうせ食べるんだったら、楽しく美味しくいただきたいものです。

実は、さらに美味しく食べるために「食べてる間にスマホを触らない」ことも実践し始めました。せっかくの料理に失礼かと思うので。

※前セメスターは連絡の確認や予定を立てるのにスマホを食事中も凝視してました。そんなに生き急ぎすぎなくていいです…。

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作った証拠として1枚。ラタトゥイユもどきを食パンにかけました。

 

●読書の習慣…達成率??

表示の仕方を迷います。ていうかよく分からなくなってきてる。

というのも自分が選んで読んだ本はそんなに読めていなくて、授業課題の本ばかり読んでいた気がするからです。

選んだ方の本を今週どれくらい読んだか今確かめました。どうやら一応読んでいるんですけど、今週はあまり進んでいないことに気づきました。前半は読んでたけど、週の後半にあまり読んでいなかったのかな。

いつ、何を読むのかを決めてその時間を確保したほうがよさそうです。 

 

●運動の習慣…達成率20%

正直これやってない日ありましたね笑。

今週も別に大した運動はしてなくて、前回の記事で書いた通り腹筋しかしてません。

やってみて気づいたことは、正しい姿勢を保つのがとても楽なることです。あと何も集中できないときにやると気分転換になって、次のことに取り組みやすくなること。

そして歌いやすくなります。。当たり前だけど

それだけなんですけど、なんだか楽しくなってきました。もっと上手に生活に取り入れられる気がします。

 

●勉強の習慣…達成率70%

迷いましたが少し高目につけました。それは固定的にやる時間が(大体)決まっており、何かするときに勉強を優先していることが多いからだと思います。

でもたまに課題の出来は手を抜いてます。。ま、かちかちしすぎに。気楽にいきましょう。

 

●思考の習慣…達成率60%

毎日色んなこと考えすぎてるから、そりゃ達成率は高くなるなってことでこの数字にしました。(根本的解決にはまだまだですが)

今週だけでも色んな考えに出会いました。人から教えてもらったことの方が多いけど、授業で読んだ本からも、自分で選んだ本からもたくさん色んなことを教えてもらいました。それだけではなくて他の人のブログを読んだり、twitter漁ってみたり色々しています。一応弁解しておきますが、ツイ廃にはなってません。

でもあまりにも考えすぎなので、もう少し落ち着いて気楽にしたいです。じゃないと頭疲れちゃう。しんどくなる。運動するなどして気分転換しましょう。

以下、印象的だったもの、面白かったものを書けるだけ書きます。

 

「好きなことやればいいじゃん」

 将来的に何をしたいのか話していた時、「はっきりとやりたいことが決まっているわけではない」と言うと、じゃあ何が得意なの?何が好きなの?何が趣味なの?とたくさん聞かれ、答えると「じゃあそれやればいいじゃん。苦手を伸ばすより得意を活かしたら?」と言われました。随分昔に漫画で読んだような言葉でしたが、改めて自分の好きなことを思い出せて楽しかったです。職業とするのかどうかは分かりませんが、好きな物は一生好きでいたいと思いました。ありがとうございました。

 

「悩みは自分の中で答えの出てるものしか相談しない」

悩みって何よ?という話をしていたときに出た言葉。発言者曰く、自分で悩みの答えはほとんど出ているので、それが正しいのかどうか確認のために相談という形で人に話して、相談者は納得性を高めているらしいです。

これを聞いた時ものすごく納得しまして、自分に当てはまりすぎて思わず笑ってしまいました。確かに悩みの相談ってほとんどの場合、とりあえず自分が喋っただけなんですよ。納得した時って相談された側がよく聞いてる。アドバイスしてる時間より内容話してる時間の方が長い。相談された側は黙って聞いたり、必要な場合は質問したりと徹底的に「聞き上手」。むしろアドバイスいらないときあるし。

それに相談できる悩みの内容も限られてる。絶対人に言えないことは相談しない。それが真の意味で悩みのはずなのに。

当たり前のことかもしれませんが、はっとしました。ありがとうございました。

 

「頑張るんじゃなくて、ただこなす」

ある人が「俺って一番頑張ったことってないんだよね。いつもただやってるだけ。」と言っていました。それって色んな意味ですごいことじゃありませんか?今やってることに感情が全くわかずに処理し、しかもそれを全ての事柄に当てはめてできるなんて、仕事する上で超楽そう。

私は「頑張るのは当たり前」と思って生きてきた期間が長いので、打ちのめされました。面白味を感じないのは寂しいけど、どこかこういう要素は持っていた方が楽な場合がありそうです。感情に左右されることが多いので、この言葉は頭の片隅に置いておきます。

また「頑張る=こなす」じゃない。それを教えてくれた一言でもありました。

ありがとうございました。

 

もう少しあるのですが、書けるだけの限界がここまでなので一旦止めます。

 

今週の疑問

努力と結果は比例するのか?

ある人が「やったぶんだけ結果につながる。成果はでる」と言っていたのですが、私はそうは思いませんでした。自分の経験が強く影響しているのですが、それって正しい努力をした場合だと思います。間違った努力や方向性を誤ってしまうと、結果は絶対ついてきません。また意味のない努力はないと言いますが、それは本当なのでしょうか。努力そのものが大事ということであれば、意味のない努力は存在しないと思いますが。

決して努力することを批判しているわけではありません。努力があってこその結果です。しかし必ずしも努力と結果は比例するのでしょうか。

 ちょっと昔のツイートですが激しく同意します。

 

今週の課題

前述した悩みについてです。

結局は2つとも1つの同じ悩みで「勉強など頭を使う行為が長続きしない」ということです。疲れやすいのでしょうか。粘ったとしても、私は連続3時間が限界です。

そしてもし集中してそれをやり遂げたとしても、その後何も手に着かないのが問題です。

▼受験生1日10時間も勉強してるのかと思うと少し萎えました。

勉強の効率を最大化させる!人の『記憶力の限界』の話。 | 東進ハイスクール 新浦安校 大学受験の予備校・塾|千葉県

 

でも振り返って色々考えたら、逆に3時間も集中できんのすごいなと思いました。笑

たった今「人はどれくらい集中できるのか」をネットサーフィンして探しましたが、学者さんによって意見も違うようで、目安として40分~2時間程度とのこと。個人差もあるようでした。何に集中するのかによっても変わってくるようで、好きなこと(例:ゲーム)はそれ以上にも集中できる…とありました。

え、簡単なことやん。

限界値までやったらそりゃ休息も必要だわなと気づきました。受験生でもないし、必要に迫られて勉強しているわけでもないので、気楽にやればいいんです。そもそも自分の人生を充実させるためにやってんだから、そこまで思いつめる必要もないのです。

ということで、今後意識していくことは

集中できなくなったらやめる、もしくは別のことに取り組む

とします。

 

新しい試み

新しい試みをはじめました。

➀todoリストを作らない

理由:がんじがらめになるから。やること大体覚えてるから。

②その代わり1日の終わりにできましたリストを作る

理由:できたことを可視化すると嬉しくなるから。もっとできるんじゃない?ていうモチベーションにもつながるから。

▼参考

自動代替テキストはありません。

他愛もないことでいいのです。

③(上でも書いたけど)ながら食べをしない

理由:この料理に関わった全ての人・環境に失礼だから。食事の時間を楽しみたいから。

④正しい姿勢を保つ

理由:昔は姿勢良かったのに悪くなったのが悲しいから。姿勢いい方が綺麗だから。

 

感想

この1週間は出来ないことがあっても「まあいいや」くらいで過ごせた久しぶりの期間で、とても楽しめました。プレッシャーやストレスを掛けすぎない事の重要性に気づけました。毎日がとても楽しいです。

こうして色々やっていますが、ほとんど全部ものすごく当たり前のことだと思います。でもわざわざなぜそれをやってるのかって、改めて実践して振り返ることを今までやってこなかったし、なんとなくじゃなくてサイクルで回すことでより充実できそうだったからってだけなんですよね。何が正解かなんてわからないし、やってみないと分からない事の方が多いから、やってみる。楽しくてしょうがないです。

改めて習慣を見直して、新しい試みも出て、それ以外にもたくさんやりたい事がでてきました。こうして書いてみると私って欲張りなのか?!と思いました。でもどれもこれも面白すぎるんです。自分の知らない事がまだまだたくさんあって、それを教えてくれる人もいて、まだまだやれることがある。「この世は生きるに値する」久々にそんなことを思いました。

 

 

次週(もう今だけど)はこれを踏まえて

「やめたくなったらやめなさい」を心の片隅に置いて過ごします。

過去から分かったこととセメスター目標

おかげさまで、毎日楽しく過ごさせていただいてます。ごっちゃんです。

今日は「過去から分かったこと」及びそれを踏まえての「セメスター目標」についてまとめます。

 画像に含まれている可能性があるもの:植物、花、木、空、屋外、自然

数週間前は桜が咲き乱れてました。春でした。

 

過去から分かったこと

過去からっていうのは、今までの人生を振り返ってということです。が、大部分は前セメスターに集約されていたので、それを踏まえている割合が高くなっています。

自分の行動・思考パターン(の多分一部)が21年かけてようやく分かり嬉しいです。長かったけど、遅いとは思わないことにします。

 

●理想見すぎて傷だらけ

昔から、カリスマ性が高い人や器用な人に強い憧れを抱きすぎている。それに、やりたいことの最終目標が現時点から遠すぎる。それらは別にいいんだけど、そこに到達するまでの細かいゴールや中期目標があまりにも無さすぎる。だから、闇雲に頑張っているだけで何か達成されることが少ない。

例えば高校のとき部活で楽器上手くなりたいと思って朝練も毎日行って、とにかく練習してみたけど、正しい練習をしていなかったから全然上手くならなかった。

もちろん、がむしゃらに頑張ることができるというのは長所かもしれない。でも、それだけじゃどうにもならないことだってたくさんある。長所と短所は紙一重。

何かを成し遂げたいんだったら、きっと長期的計画的に取り組まないと達成できない。だから自分が今時速何kmで走らなければいけないのか、どれくらいスタミナがあるのか、それまでにいくつのステップを踏まないといけないか等、色んなことを見極めてまず最初に実現可能な目標をたくさん立てなければいけない。それをしなかったから成功体験が少なくなって、自信をどんどんなくしていったのだと思う。

時間をかけて頑張っても、ただ疲れるだけだった。目指す過程で得られることは大きかったけど、いつまでたっても目標に近づけないのが悔しかった。努力が足りないと思っていたけど、それだけが原因じゃないってことが分かった。

 

●過剰なコンプレックス意識

これがしたいあれがしたいというよりも、これもあれもできないという意識が強い。不器用だと感じすぎている。そして、何かに取り組むときの原動力がコンプレックスとなっている場合が多い。

きっとこれは幼少期に周りにいた人が皆器用でいわゆる出木杉君で、私は不器用なのび太くんであったことが大きく影響している。出来る集団の中で、自分ひとりだけ出来ないということほど辛いことはない。いや、それを気にしない性分であればいいのだが、私は自分を相対評価で判断してしまっていた。周りと比べて出来ないというだけで、人間的にダメだと思っていた。自己肯定感=自己効力感の状態にあった。

今もそうだけど、私は人と比べて何か特別にできることがなかった。特に幼少の頃は、そういうものに憧れていた。たった一つでいいから特別努力をしなくても器用に達成できる何かが欲しかった。でも、それは望んで手にはいるものでもなかった。だから必死に取り組んで成果は出そうとしたし、不満足な部分はどうにか補っていこうとした。負けず嫌いで完璧主義なところがあり、猪みたいな性格だから、とにかく突き詰めていった。

でも、それに必死過ぎて純粋にやりたいこと・なりたい姿を追い求めることを忘れてしまった。もちろんやりたいことをやってなかったわけじゃないけど。

「あれが出来ないからこれをする」という原因論じゃなくて、純粋にやりたいことをもっと意識してもよかったのではないだろうか。不得意分野は誰にでもあるんだし、そんなに完全な状態を求めなくてもいいのではないだろうか。

周りにとっても、気にしてばかりいる人と一緒にいて、果たしてそれは楽しいのか。そして気にしてばかりいる方も疲れるんじゃないか。なんか虚しいし悲しい。

欠点を見つめて悲観的になってたり、それを改善するために奔走するのもいい。でも素直にやりたいことを楽しんでいる方が楽に生きれそうだ

 

●忙しい中毒

よく分かんないけど、忙しいのがかっこいいと思っていた。忙しい日々をこなしやりくりしていくことに中毒になっていた。その様子はもはや狂気といってもいい。まあ、私より忙しくしている(た)人なんてこの世に大勢いるけれど。

かっこつけのために忙しくしてたわけじゃないけど(忙しい状態はやりたいことの延長で生まれていた)、忙しいときはかっこつけたいという思いが不思議と強かった。でも生活に満足していたわけではない。なんで満足していないかというと、十分な休息やストレス解消の時間が取れていなかったから。それに努力の割には自分の理想地点に着地しないから。

それに、不思議と忙しければ忙しいほど、あれもこれもと自分に課題を与え続けてしまう。自分で自分の首を絞めてる反面、こんな状態でも課題を発見し取り組もうとしている姿勢がなぜかかっこよく感じて、それを繰り返していた。

あと、忙しいと妙な充実感があった。こんだけのことをこなしている自分がすごいみたいな。だからかもしれないけど、忙しい時期が終わったら完全燃焼してやる気がなくなるし、何もしていない状態が不安になる。本質的に何がしたいのか分からくなっている。実際に何かやり遂げた例は別として。

今思うとそんなんはすごくもないし、全くかっこよくもない。それで体調崩してるようじゃ、自己管理能力の低いただのアホにしか見えない。

忙しいという事実に踊らされているだけだった。

忙しくするんだったらもっと身の程わきまえてやりなさい。そしてキャパに見合わない事はやめなさい。無理無茶無謀は短期決戦で、決して長期に持ち込まないように。などなどそんな中でも学べたこと(教訓?)は色々あるのだけれど、いつも堂々巡りで解決されてこなかった。もし忙しくするんだとしても、それによるストレスの対処方法を見極めていくのが今後の課題ではないだろうか。

 

●問題解決への姿勢が違う

問題を見つけても正しい対処が取れていなかった。

ここでいう問題は、短所の克服もそうだけどその時取り組んでいる物事に関わるの問題のこと。

さっきも書いたけど、猪みたいな性格だから根性論で何でも解決しようししがちだった。だから視界が狭くなって見えてない現状がありふれていた。

基本的に余裕がないのだから、それこそ意地でも分捕らないといけない。気持ちの持ちようでどうにかなる面には限界があることがようやく分かった。特に休息をきちんと取らなくてはいけない。気合いでそのときどうにかなっても、その後のパフォーマンスには悪影響を及ぼす。

視界が狭いのだって悲しい。だってもっといい方法がたくさんあるかもしれないのに、見つける可能性が低くなってしまうから。

 

●自分を大切にしきれてない

結局上記のことを全てまとめるとこの一言に尽きる。

ぼろぼろになってもいい、傷だらけになってもいい、とにかくこうしたい。気持ち十分だけど、その思いも限度を越してはいけないと思う。欲望から自由になれてないだけで、自身の存在を後回しにしている。

自分を大切にできないから自分に自信も生まれないし、誰も大切にできない。

自分を大切にできないから無理ばっかりしようとする。

もっとシンプルに楽しく、素直に生きていかないとこの先しんどい気がする。

 

 

セメスター目標

色々踏まえて今自分に何が必要なのか、何がしたいのかを全てまとめると「身の程にあった生活を送り、その中で色んな習慣を身に付けること」であった。

セメスターの目標を設定した理由は2つある。1つは自分の望んだ生活を送ることが単純に楽しいし、幸せだと思ったから。身の程に合わせようと思えば無理もしないだろうし、自分の状態を正面から判断することができるはずである。もう1つは生活の中にやりたいことを習慣づけて無理なくやっていけば、目的がいい状態で達成されるかもしれないと思ったから。

 

●早寝の習慣

前セメスターからの癖で未だに2時くらいに寝ている。止めよう。

だって早く起きれないし、早く寝たほうが目覚めが良い。電気代も勿体無い。

日付が変わるまでに寝るのをこれからの当たり前にしたい。

youtu.be

確かこの映画の中でロバート・デ・ニーロが「睡眠時間6時間以下の人は太る可能性が60%高まる」と言ってたような。

 

●食の習慣

料理する機会を増やす。そしてよく噛んで食べる。この2つを習慣づけたい。

別に何を食べてもいい。自分で料理をしたらなんか楽しいやん。じゃあやろう。

よく噛んで食べるっていうのは、その方が美味しく食べれる気がするから決めた。

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とはいえ我慢しないで外食もします

 


●読書の習慣

インターンシップを終了してから素直にもっと本が読みたいと思っていた。

物語だったら新しい世界を旅できるし、新書だったら新しい考えに触れられる。それが楽しい。復学後1年間は満足にそれができなかったから、今年こそ色々読んでみたい。

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去年読もうと思って買った本がこれくらいありました

 

 

●運動の習慣

運動していないから体が凝るし、一定の集中力を保つスタミナがない。だから運動したい。汗流すことで清々しい気持ちになりたい。怪我しているから大したことはできないけど、今は腹筋がなぜか楽しいから毎日やってる。スタミナつけたいとは言ったけど、つくかどうかというより運動に対する嫌悪感を拭いたいのかも。

※上の写真の中に運動に関する本があってそれ読んだからモチベ上がってる。

 

●勉強の習慣

勉強っていうのか分かんないけど、とってる授業の課題を今までよりじっくり解いてみようという心がけ。もしかしたらさらっとやっただけでは見つからなかった何かに出会えるかもしれないから。あと、1日1問でいいから算数(数学)の問題解く。

「おつり フリー素材」の画像検索結果

インターン時代にノーレジの店でお釣りをすぐに計算できなかった思い出

 

 

・思考の習慣

本を読んだり、人と話をしたりしてて自分に無い考え方や近しい価値観を見つけたい。その中でいいなと思ったものがあったら、それを新しい思考の習慣としていきたい。

自己肯定感が低いと前から私は言っているけど、新しい思考の仕方を知ったら少しは改善されるかも?と思ったから始めた。もしかしたらもっと楽に生きられるかもしれない。そんな淡い期待がある。

アドラー心理学入門読み始めたけどこねくり回しすぎてゲシュタルト崩壊した。落ち着いて読もう。

 

 

まとめ

ここまで習慣をまとめてみたけど、心がけとして大切にしたいのは以下3つ。

・無理に続けようとしないこと

・ストレスを感じたらやめること

・取り組めたら自分を褒めたたえること

特に最初のうちって続けること自体がきついから、軽い心持でいこうと思う。週5くらいでやれていたらそれでいい。

長期的な目標はたててない。単純に楽しいこと、やりたいことを習慣化しようとしているだけ。当たり前のことばかりかもしれないけど、楽しいと感じているなら何でもいい。あくまで生活を充実させ幸せに暮らすことの指標だから、本当に充実するかどうかを実験してみるのも面白いと思う。

 

「自分の人生を変えられるのは自分しかいない」。そういう方向に繋がってくれたらいいかな。

 

そんなわけで毎日楽しくやっています。これからも続きますように。

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そろそろ時効だと思うので休学中に飽きるほどされた質問を羅列します。

休学中は色んな人に出会いました。その人たちと話をするのはとても楽しく、ためになることが多かったのですが、何回も聞かれる質問がありました。

最初の方はきちんと答えた質問も、同じのを何回も聞かれると疲れてしまった。

そんな、言わば定番の質問を羅列します。

 

 

Q1.「なんで休学したの??」

なんで休学したって、色んな経緯があって結局休学したんだけど、それ今全部言われたら困るでしょ???と反抗的に思っていた(ヒドイ)。試行錯誤を繰り返した結果たどり着いた答えは「大学内で自分のコンプレックスを感じすぎて、大学から出たくなったから。また、将来やりたいことも今やりたいこともなかったため、まず働いてみて逆算的にやりたいことを見つけたくなったから。」後半はインターンシップを選んだ理由にもなってるけど、分かりやすいからこれでいい。

 

Q2.「なんでその大学にいったの?」

はい、気になりますよね。地元関西にはたくさん大学があるのに、私はなぜわざわざ九州の片田舎の大学に行ったのか気になりますよね。複数回答パターンを用意していましたが、これは「高校が外国語学科でもともと海外に興味があり、他に行きたい大学もなかった」と答えていました。事実だしこれでよい。

 

Q3.「大学では何勉強してるの?」

いい質問です。私も分かりません。

一応答え→「環境開発、社会学など色んな授業とってますね。学部的には、国際関係学なども勉強できますよ。」

学部の名前がおかしいので、色んな人が気になってくださいました。「専攻は?」と聞かれることもありましたが、「1回生終わってから休学してるのでまだ決めてないんですよー(さっき1回生だって言ったじゃんなんでそんなことも分かんないんだよ)」って答えてた。

 

Q4.「英語喋れんの?」

ここは元気に「え~喋れませんよ!」。国際系大学生としてはあるまじき状態ですが、本当に喋れません。正確にいうと、喋れると公言していいほどのものではありません。出川イングリッシュよりちょっとましなくらいです。今後もし少しは喋れるようになったとしても、ひけらかしたくないので「ちょっとしか喋れません」と言いそうな気がする。

 

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出川イングリッシュは好きです。伝えようとする姿勢が好き。

 

Q5.「休みの日何してんの?」

これ1番多かった。

答え→「家事ですね。買い出しとか、洗濯しないと。まとめてやった方が楽なので。」

私に限らず、一人暮らしであれば休日に家事をまとめて執り行う方も多いのではないかと思います。当時の私よりはるかにハードなお仕事をこなされているでしょうし、尚更です。

というより、これは会話に便利なフレーズなのでしょうか?会話が途切れたときや、私から話題を提供できなかったときに聞かれることが多々ありました。忘れっぽいのか、10回以上聞いてきた人もいるくらいなんで…。

気になるのは、皆さんどんな答えを期待していたのかということ。「映画みたり、ショッピングしたりしてます。カフェ巡りも楽しいですよ!」20前後の娘には、これくらい可愛らしい回答を望んでいたのかなあ。ベストアンサーは何だったのか、未だに分かりません。あとそういうことだと捉えたくないけど、聞いてくるのは大体男性でした。

 

Q6.「なんでここ(町名or会社名)に来たの??」

これは正当な質問ですね。各々それに応じた答えを示してました。

答え→「農業ってアルバイトでは経験することがないなと思ったから」「6次産業ってことは1次~3次産業まで同時に関われることなんで、面白そうだと思ったから」「友人から話を聞いて、東北に住んでみたいと思ったから」そんなところです。

 

Q7.「将来の夢ってあるの?」

「だから、それが分かんないからインターンシップしてんねん!」とは言えない。

答え→「まだ決まってません。こうやって色々やることでどんどん興味持っちゃって…視野広がっただけで視点定まらずです笑。」

大人ってこの質問大好きですよね。幼稚園から通算したら何回聞かれてきたんだろ。夢を持つことは良いことだけど、この日本にそんな人どれくらいいるんだろ。どれくらいの人が幼いころから夢を持ち、大人になっても変わらないまま、その夢を叶えられたんだろ?確か割合でいうと一桁ぐらいだった気がする。自分たちができなかったことを下の世代に求めているのでしょうか。

質問に対する答えのとおり、実際視野も興味の幅も広がりました。でも、それだけで夢は決まってはなかった。私の休学の目的の1つが、「将来の夢を見つける」ということだったのですが、中々見つからず焦っていた時期もありました。特にそういうときに、何度も質問されるのがしんどく感じたことを覚えています。

ちなみに、後にある人より「大人って将来の夢とか聞きたがるけど、それに縛られる必要はない。純粋に好きなことをやったり、今楽しいと思うことをやって。気にしなくていいから。」と言われたことで救われました。

 

Q8.「彼氏いるの?」

休日と同じくらい多かった質問。これプライ橋の侵害じゃないの……

「いませんよ」というと、「え~じゃあこっちでつくっちゃえば?」。なんでそうなる。

田舎って聞くことがそれぐらいしかないらしいです(上司談)。てことはこれも便利なフレーズ?ベストかどうかは分かりませんが、流行りの「いないっていったら口説いてくれますか?」くらい言えたら良かったかもしれない。聞いてくる人ほとんど一回り以上年齢上の人ばっかりだったけど。

 

 

まとめ

わざわざ遠方の大学に行って、1年だけ通ってすぐ休学して、それでこんな田舎に半年間インターンシップしに来てる…ってなったらそりゃみんな色々聞きたいわな。せやな、しゃあないな。そんなイケイケには見えないけど、キャリア系のことに興味あるだろうし、とりあえず会話の掴みどころとなる質問はしておこうか。など、そんな感じで色々質問してくださったのでしょうね(多分もっと丁寧に見てくださってます)。

会社や営業先でなく、販売中お客様に聞かれることもありました。聞いてくる人の絶対数が増えれば増える程、同じ質問がでてくるのは当然のことです。答える人は1人しかいないから、回答回数が増えるのは仕方ない。

それに、質問してもらえるってことは、少なからずこちらに興味をもっているということだと思うのでありがたく思います。ここに書いた答えは、テンプレート化していったので、「こうやって上手い言い回し・切り返し方を身に付けていくのか」と思う様になりました。

切羽つまってるとき、気が立ってるときは心の中で「また!?」って思ってたけど、どれもこれも皆様のお優しさと捉えれば、嬉しく思います。ありがとうございました。

 

にしても、彼氏いるかいないかは何回も聞くことじゃないよ。あと、せっかくの休みの日ぐらいほっといてほしい